「神様のひとり子」(2025年12月)

ルカによる福音書2章8~20 節

現在世界中で祝われているクリスマスは、日本でも広く知られ、降誕劇やネット情報を通してキリスト誕生の記事に触れる機会は少なくありません。聖書に描かれた主イエスの誕生の出来事を当時の社会や歴史、天体の動きなどと照らし合わせた調査では、イエスが確かに生まれ、その生まれた時期は根拠をもってある程度特定できるようです。興味深い話ですが、今回、私たちは聖書に記された内容に基づき、神様がなぜ御子をこの世におくられたのか、その誕生が私たちにどう影響するのかを見ていきましょう。

羊飼いたちが普段の生活をしている最中に天使が現れ、主の栄光に照らされた彼らは非常に恐れたとあります。神様は「日常生活の中に介入」してこられるのです。天使は「恐れるな。私は、すべての民に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった」と語り、救い主誕生の知らせを、王でも祭司でも律法学者でもなく羊飼いたちに託しました。羊飼いは社会的影響力を持たない普通の人々でしたが、神様は彼らを選び、救い主キリストの誕生をアナウンスする役割を与えたのです。

天使は「産着にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子」がしるしであると語り、羊飼いたちは「あなたがたのために」と天使が示した「神様と自分」との関係に喜びを覚えて行動しました。私たちの礼拝でも同様です。神様は私たちの生活に介入し、一見「偶然」に見えることが違う意味を帯びて私たちを教会へと導き、聖書のみ言葉によって、主イエス・キリストが「この私のための救い主」であるというしるしを見せて下さるのです。羊飼いたちは「主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と急いでベツレヘムへ行き、乳飲み子を見つけ、その光景を人々に語り始めました。聞いた者は「不思議に思い」、マリアは「これらのことをすべて心に留めて、思い巡らして」いました。救い主の誕生は、主イエスの十字架の死と復活を通して私たちの罪が贖われ、救いの恵みと再臨の希望が与えられる預言が成就した出来事です。羊飼いたちは「神を崇め、賛美しながら」帰りました。「いと高き所には栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ」と歌いつつ戻ったことでしょう。救い主キリストの誕生は、主イエスの十字架と復活によって神の栄光と人の平和を結びつける最初の一歩です。ご一緒に主を賛美しましょう。2025年12月14日