「信仰の戦い」(2026年3月)

使徒言行録14章19~28節

パウロとバルナバの最初の伝道旅行は、シリアのアンティオキアの教会から出発し、キプロス島、小アジアのピシディア州のアンティオキア、イコニオン、リストラ、デルベを巡り、再びシリアのアンティオキアに帰る道のりでした。地図で見ると、デルベからは陸路で東へ向かえば近道であり、パウロの出身地タルソスも通ることができました。しかし、彼らはあえて元来た道を引き返し、リストラ、イコニオン、アンティオキアを経て、ペルゲからアタリアに出て船で帰還したのです。その理由は、「弟子たちを力づけ、信仰に踏みとどまるように励ます」ためでした。 

彼らが伝道した町々では主イエスを信じる者が生まれる一方で、激しい迫害も起こっていました。ピシディア州のアンティオキアではユダヤ人が妬み、パウロたちを追放し、イコニオンでは石打ちの危険にさらされ、リストラでは実際に石を投げられ、パウロは死んだと思われるほどの目にあいました。このようにパウロたちは各地で苦難を経験し、信じた人々も同様に迫害に直面していたのです。それゆえパウロたちは、危険を承知で町々を再訪し、弟子たちの「魂」を力づけ、「信仰を続けるように奨励」しました。それは具体的な問題解決の指示や提案というよりも、福音を、すなわち神様が御子イエスをこの世に遣わし、十字架と復活によって人類の救いを成し遂げ、私たちに新しい命を与えてくださる約束の恵みを、弟子たちに繰り返し伝えることでした。信仰は人間の努力によって支えられるのではなく、この神様からの恵みを信じ続けることにあると示したのです。

「神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」との言葉は、苦しみが条件であるというより、神の国にふさわしい者とされる過程としての困難を意味しています。実際、信仰者は苦しみの中で主への信頼を深め、成熟していくのです。現代においても、クリスチャンは社会の中で「普通ではない」と見られ、圧迫を受けることがあります。それでも主の恵みに留まることが求められています。

さらにパウロは、教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らを主に委ねています。これは教会が、迫害の中でも信仰を保ち続けるための指導体制を整えるためでした。それと同時に最終的には教会全体を主に委ねる姿勢を示しています。

このようにパウロたちは、困難を避けるのではなく、福音のために再び危険な道を歩み、弟子たちを励まし、教会を整えていきました。信仰者の歩みもまた、苦難の中で主イエスの恵みに支えられつつ、神の御心を求めて進む旅なのです。